コロナウィルスの感染が拡大していますが、検査で陽性と判定された人がその事実を告げられた後に飲食店に出かけたというニュースがありました。
居合わせた客や店員がコロナウィルスに感染するおそれもありますし、この行動については批判がなされています。
この件の詳細は不明ですので何とも言えませんが、一般論として、感染症に罹患した人が他人にうつした場合、犯罪になるでしょうか?
まず考えられる犯罪は傷害罪ですが、故意に性病をうつした事例で傷害罪が成立するとした判例(最判昭和27年6月6日)があるように、成立する可能性があります。
傷害罪の事案の大半は他人に暴行を加えた結果として傷害を負わせる場合ですが、暴行を加えなくても傷害罪が成立する場合があり、感染症をうつした事例はその典型例として語られることがよくあります。
ただ、実務上傷害罪に問うには2つのハードルがあります。
1つめは故意の問題で、2つめは因果関係の立証の問題です。
故意の問題ですが、傷害罪は故意に他人に傷害を負わせた場合に成立する犯罪です。
傷害罪の故意は、他人に傷害の結果を負わせることについて認識し、認容している場合に認められますが、認容までしているケースは多くないと思いますので、感染症をうつしたという事例で故意が認められる場合は限られるでしょう。
故意が認められない場合は、過失致傷(重過失致傷もあり得る)の問題となり、今度は過失が認められることが必要となります。
2つめの因果関係の立証の問題は、過失致傷の場合も問題になりますが、ハードルが高いです。
例えば「インフルエンザ患者のAさんが、Bさんにうつそうと思ってBさんの面前でわざと咳をし、Bさんにインフルエンザを飛沫感染させた(疑いがある)」という事例を例にしますと、①Aさんがインフルエンザに感染していたこと、②AさんがBさんの面前で咳をしたこと、③Bさんがインフルエンザに感染したこと、の事実は比較的容易に立証できると思います。
ただ、これではAさんの咳によってBさんに飛沫感染させたかどうか、つまり因果関係があるかはわかりません。
インフルエンザはよくある感染症であり、Bさんが別のルートで感染した可能性も十分にあるからです。
刑法の立証のハードルは高く、因果関係も合理的な疑いを入れない程度の立証が求められますから、他のルートで感染した合理的な疑い(可能性)が認められる場合には因果関係は認められません。
この事例だと、Bさんが感染した時期を特定し、その時期のBさんの行動を徹底的に解明して、Aさんの咳以外にインフルエンザに感染する可能性のある出来事がなかったことを立証しなければなりませんが、これはなかなか大変だと思います。
今回のコロナウィルスの場合は、2019年の年末より前には広まっていなかった感染症であり、日本国内で確認された限りでも現時点で1000人ほど(クルーズ船含む)の患者しか存在しないレアな感染症です。
この点は、他のルートで感染する可能性が低いという意味で、因果関係の立証を容易にする方向に働きます。
しかし、潜伏期間がかなり長く、発症時点から遡っていつ感染したのか特定が難しいと思われることや、感染しても無症状や軽症の人(知らずに感染している人)が多く存在すると思われ、それらの人から感染する可能性もあることなどの事情に照らすと、因果関係の立証はなかなか容易ではないかもしれません。
もちろん因果関係は個別の事情によって判断されますが、一般的には立証は難しいのではないかと思います。
とはいえ、他人に故意に感染症をうつすことが犯罪となり得ることは、十分わきまえておく必要があると思います。
また、本稿では取り上げませんでしたが、偽計業務妨害罪や感染症予防法違反などの罪に問われる場合もありますし、民事上の不法行為責任を負う場合もありますので、感染した場合は、素直に医師の指示に従うことが法律の観点からも重要です。