日産のカルロス・ゴーン氏らが逮捕・勾留された事件が連日大きく報じられています。
容疑の内容は有価証券報告書の虚偽記載罪で、
2010年度から2014年度の有価証券報告書に記載された自身の報酬につき、5年間で約50億円を過少に記載していたというもので、
要するに「報酬を誤魔化して公表していた」という容疑です。
巨額の報酬を得ていたことに批判的な報道が目立ちますし、会社資金の不正流用の疑いも同時に報じられているため、
容疑は「不正に私腹を肥やした」ことだろう、という印象を持たれた方も多いかと思います。
しかし、今回の逮捕・勾留にかかる容疑は、あくまで「報酬を誤魔化して公表していた」容疑でしかありません。
有価証券報告書は、投資家が株などを買うにあたって判断ができるよう、企業の情報を開示するものです。
ここに嘘が記載されれば、投資家の健全な判断が歪められる危険が生じます。
嘘が記載されて株価が不当に高くなれば、その株価で買った投資家は大損害を被ることになりますし、
時価総額に直せば損害は莫大なものとなりかねません。
また、このようなことが連発すれば、有価証券取引市場全体の信頼が損なわれるおそれが生じます。
そのため、虚偽記載罪は、詐欺や横領のようなそれを行った者が直接利益を得る犯罪ではないにもかかわらず、
最高で懲役10年、罰金1000万円という、かなり重い刑罰が課されています。
虚偽記載罪の典型例は、架空の利益を計上したとか、損失を隠していた、債務超過を隠蔽していたというものです。
このような場合は、虚偽記載によって企業価値が「お化粧」され、
投資家の判断が大きく歪められ、株価が不当につり上がる結果を招きます。
ひとたびその虚偽が発覚すれば、株価が大暴落して投資家が大損害を被ることになります。
ところが、今回の容疑は、このような典型例と異なり、代表取締役の報酬を誤魔化したという内容に過ぎません。
差額の50億円についてどのような会計処理がなされたのかは分かりませんが、
仮に何らかの費用として計上されているならば、利益の額には偽りがないことになります。
また、日産は、2014年度では連結で売上高が約11兆3752億円、当期純利益が約4575億円にも達する巨大企業です。
虚偽記載は1年あたり約10億円となる計算ですが、この金額は一般の感覚としては大変な金額ではあるものの、
日産の企業規模からすれば、わずかな金額と言っても差し支えありません。
したがって、報酬について仮に真実を公表していたとしても、投資家の判断にはさほど影響しなかったと考えられ、
株価もほぼ変わらなかったと思われます。
だとすれば、今回の容疑は、虚偽記載罪が成立したとしても、投資家の判断を歪めた度合いは非常に小さく、
損失や債務を隠したという典型的な虚偽記載罪と比べて悪質性はぐっと落ちる、という評価にならざるを得ません。
一方、検察当局はゴーン氏の逮捕に踏み切りました。
その影響は甚大で、日本国内だけでなく世界中で報道されていますし、
フランスの国営企業たるルノーと日産、三菱自動車の関係も相まって、国際問題にも発展しかねない気配です。
仮に、今回の検察の狙いが虚偽記載罪だけだったとしたら、
それだけでゴーン氏を逮捕する必要があったのか、という批判が当然出てきます。
虚偽記載罪で立件することが不当ではないとしても、
さほど悪質ではないのだから在宅のまま捜査を進めれば十分ではないか、という批判は十分あり得るものです。
無論、このような批判が生じることは検察も当然予想しているはずです。
それを覚悟で逮捕に踏み切ったということは、検察は、この虚偽記載罪のみで終わらせるつもりはなく、
その先の別の犯罪を摘発する狙いがあり、また、その自信があるように見えます。
そして、狙いである「別の犯罪」とは、冒頭でも触れた「不正に私腹を肥やした」犯罪と考えるのが最も自然です。
(次回に続く)