今回のゴーン氏事件の身柄拘束の経緯は、まとめると以下のようになります。
①2010~2014年の虚偽記載罪での逮捕→勾留→勾留延長→【起訴】→起訴後勾留
②2015~2017年の虚偽記載罪での逮捕→勾留→勾留延長却下・準抗告棄却(身柄拘束が途切れる)
③特別背任罪での逮捕→勾留→勾留延長→(勾留理由開示)→勾留取消却下→【起訴】→起訴後勾留→保釈却下
際立つのは②の勾留延長却下・準抗告棄却です。裁判所はこれ以外では検察官の請求や意向の通りの判断をしましたが、この局面だけは検察の請求を認めませんでした。
勾留延長却下は異例であり、私もほとんど聞いたことがありません。そのため、この判断は身柄拘束に対する批判を考慮した結果ではないか、とも言われています。果たしてそうでしょうか。
そもそも勾留延長とは何ぞやという点から説明します。
勾留は裁判官の判断により捜査のため10日間の身柄拘束認めるものですが、その身柄拘束期間を最大10日間延長するというのが勾留延長です。
検察官が請求して裁判官が認めれば勾留延長となります。
勾留延長が認められる条件(要件)は、「やむを得ない事由がある」ことで(刑訴法208条2項)、10日間の勾留ではどうしても捜査を終結できず、更に日数を要する場合に「やむを得ない事由がある」と認められます。
具体的には、重要参考人が多忙でまだ話を聞くことができていない、とある場所の捜索をする必要があるが終わっていない、押収した物品の鑑定をしているがまだ終わっていない、などの場合にやむを得ないと認められます。
勾留延長は例外的な措置ですし、何より被疑者の事由を奪うという重大な人権の制約です。
裁判官は「やむを得ない事由がある」のかどうかを厳しく判断します。
さきほど勾留延長の却下は珍しいと言いましたが、これは延長を全く認めないこと(いわばゼロ回答)が珍しいだけで、「10日間の延長請求に対して5日間の延長しか認めない」ような、「延長期間を削る」判断がされることはよくあります。
検察官からすると、この事案は証拠収集が大変だから10日間勾留延長できるだろうと安易に見積ってスケジュールを組んでいたところ、勾留延長が5日しか認められないと大変焦ります。
一週間後に来てもらう約束していた参考人に電話して、何とか明後日までに来てもらえないかとお願いしたり、起訴するための書類を急いで作成したりしなければなりません。
警察に電話して「係長すみません、勾留延長が5日しか認められなかったんです。申し訳ないです。それで、あの捜査を早めにやってもらえませんかね。」とお願いすることもよくあります(もちろん警察も忙しいので嫌な顔をされます)。
そもそも検察官は何件もの事件を同時並行で処理していますから(10件以上になることもよくあります)、ある事件のスケジュール変更をすれば他の事件のスケジュール変更も余儀なくされます。
ましてや、1日の延長も認めない勾留延長却下というのは、検察官にとっては大変厳しい事態を招きます。
通常、勾留延長の判断は10日目の勾留満期の日になされますから、却下になるとその日のうちに起訴しないと釈放しなければなりません。
被疑者の供述調書を作っていないなら、直ぐに警察に頼んで被疑者を検察庁に連れてきてもらい、取調べをしなければなりません。また、起訴のための決裁とか検察庁内部の手続を急いでしなければなりません。
しかし、被疑者を検察庁に連れてきてもらうのには何人もの警察官の手を煩わせることになりますから、そう簡単にねじ込めるものではありません。
検察庁内部の手続も、複数の上司の決裁が必要になるほか何人もの事務官にチェックやシステム入力をしてもらう必要があり、通常であれば1~2日かけて行うところを数時間でやってもらわないといけません。
釈放しても差し支えないならば在宅捜査に切り替えればよいのですが、釈放したら被疑者がどこに行くか分からないとか、被害者に働きかけるかもしれないという事件の場合、その日のうちに起訴を強行しなければならず、事件関係者や警察、検察事務官等多くの人に無理を強いることになります。
起訴が夜中にならざるを得ず、何人もの検察事務官に残業を強いることにもなります。
そもそも必要だと思っていた捜査が起訴までにできないかもしれません。
このような事情は裁判官もよくわかっており、その上で、安易な勾留延長に警鐘を鳴らすためにあえて延長期間を削るわけです。
ただそうはいっても1日の延長も認めないのは影響が非常に大きいので、裁判官は、めったに勾留延長却下はせず、代わりに延長期間を削るという対応をすることが多いのだと思います。
というわけで勾留延長却下は異例と言えますが、ゴーン氏の事件ではそれがなされました。
それがなぜなのかは次回に検討したいと思います。