池袋で母子が亡くなられた自動車事故に関し、被疑者(運転者)が逮捕されないことが話題になっています。
被疑者が経産省元幹部や著名企業の取締役を務め叙勲までされた社会的地位が高い人物であり、そのために逮捕されないのではないか、そうだとすればおかしいという意見があるのです。
被疑者が退院後に逮捕されるだろうとの見方もありましたが、ここ数日の報道を見るとそれも違うようです。
社会的地位が高いと逮捕されにくいのか、という点はイエスと言わざるを得ません。
というのも、逮捕や勾留は罪証隠滅のおそれがあることや逃亡のおそれがあること等が条件(要件)となりますが、社会的地位が高ければ逃亡する可能性は低くなるからです。地位を捨て、持ち家を捨て、家族を捨ててまで逃げるとは考えにくいということです。
他方、社会的地位が高くない人の場合、身軽なので罪を免れるために逃亡する危険があるとみられがちです。いわゆるネットカフェ難民やホームレスの人など住居不定と見なされる人は、それだけで逮捕・勾留されてしまいます。
このような理由から、一般論として、同じ罪を犯しても社会的地位が高い人の方が逮捕・勾留はされにくいといえます。
もっとも、個人的な意見としては、今回の件で逮捕されないのは単に高齢だからだと思います。87歳という高齢なので逃亡する気力も体力もないだろうし、現実問題として逃亡する可能性はないということでしょう。
とはいえ、罪証隠滅のおそれはどうなのかという問題は残ります。
自動車運転過失致死傷事件は過失犯であり、一般論として罪証隠滅のおそれが高い類型の犯罪ではありません。逮捕・勾留せずに捜査を進めるケースが非常に多いです。
しかし、今回の事件は落ち度のない2人の尊い命が奪われた重大事件であることはもとより、報道によれば赤信号を無視し、制限速度を大きく超えた(制御困難な)高速度で通行していた事案であり、客観的な状況を考えるならば危険運転致死傷罪に該当する可能性があり得る事案なのです。
赤信号無視も高速度運転も過失であれば危険運転には該当しませんが、報道によれば今回は直前にも別の事故を起こしており、その事故から逃げる(ひき逃げする)ために、わざと赤信号無視をしたり高速度運転をしたという可能性も、客観的な状況からは考え得るはずです。しかも、妻が同乗していたというのですから、事故を起こすまでの運転経緯や事故直後の被疑者の言動等に関して妻と口裏合わせをするおそれも考えられます。
このような状況からすると、今回は罪証隠滅のおそれを理由に被疑者が逮捕されてもおかしくない事案だったと言えると思います。むろん、罪証隠滅のおそれに社会的地位云々は基本的に関係ありません。
実際に逮捕しなかったということは、警察は、事故の状況やドライブレコーダーの画像や音声(被疑者や妻の音声が入っていたといいます)などから、先に述べたような危険運転の可能性はなく、アクセルブレーキの踏み間違いの過失事案であると判断したということなのでしょう。あるいはドライブレコーダーを押収しているから、妻とは口裏合わせはできないだろうという罪証隠滅のおそれがないという判断かもしれません。
日産元会長が逮捕・勾留されたことが批判される一方、今回の被疑者が逮捕されないことが批判されていることを見ると、日本社会の逮捕・勾留に関する考え方・感覚は非常に複雑なものであると感じます。我々法律家の意見も人によってバラバラです。
ただ一点言えるのは、逮捕・勾留は処罰ではありませんし、裁判での刑の重さと(関係はしますが)直結はしないということです。
在宅捜査であっても、起訴されて実刑となる場合はいくらでもあります。
そして、刑罰の軽重を決める上では、社会的地位の高さは関係ないはずです。